あの想いは残らない

今日は5年ぶりに機種変をしに来た。
高校3年から大学卒業まで使った愛着のあるやつだったけど、とうとう液晶が割れてしまった。店にもっていったけど、もう部品が無いから修理できないって言われた。
ちょっと考えますって、機種変しないとどうしようもないことはわかってるのに、一日待ってみた。
もしかしたら寝て起きたら直ってるかもという希望はそれ自身のアラームでかき消された。見慣れたはずのその姿も、画面が真っ黒だというだけとてもよそよそしい感じがした。どんな操作をしても変わらないそれを見ていると、もう私とは繋がってないのだと唐突に思った。


店員さんの説明を受け、新しい機種を選んだ。
今度のは白いやつにした。前のが黒っぽかったから似たのにはしたくなかった。
必要な書類を書き込み、プランを新しい奴に変えたところで店員さんにデータはどうされますか、と聞かれた。
「アドレスのほかにも大事な写真や必要なデータがあれば移しますよ」
私は是非、と答えた。


2度の別れと2度の出会い。
5年間で得た思い出が、全て形になって残っている。
彼に想いを伝えたあの言葉や、初めて一緒に見たあの星空も。
もちろん形に残っていないものだってある。
だけど、これからも先はあるのだし、いつまでも古い殻に閉じこもっててはいけない。
それは傷だらけの前の機種を見ていれば自然にそう思えた。


だが、私のそんな穏やかな気持ちも長くは続かなかった。
店員さんが操作する端末に次々とエラーが表示されている。
慌てる店員。鳴り止まないエラー音と止まらないポップアップ。
店員が放ったダウンロードエラーの言葉に、私の視界は文字通り真っ暗になった。


気付けば店の中だった。
データはいくつかの欠損を除けば、なんとか修復できたらしい。
今の私には何が失われたのかはもうわからないのだけれど。
倒れた拍子に壊れた液晶はサービスで直しておきましたと店員が言った。
私は鏡を見て、液晶の不具合を確かめる。エアタグの表示遅滞はなし。
さらに各種アクチュエータ及び電脳のフルチェック。検査結果はオールグリーン。
見渡すと古い機種はすでになく、どこかへ廃棄されたようだった。
デコイ用に引き取っても良かったのにな、とちょっと残念に思う。
まあいい、感傷は動きを鈍らせる。
そもそもあんな時代遅れの機種のままだったことがおかしいのだ。
私は新しい義体の感覚にとまいどいながらも、爽やかな足取りで店を出たのだった。