世界デジタル図書館

「どうしたんですか、主任? そんなにやにやして」


彼女は呼びかけた男の机まで近づくと、持っていた書籍の束をどさりと置いた。
置かれた書籍で、男が先ほどまで操作していたパソコンの画面は見えなくなる。


「ああ、ようやく奥さんと別れられたんですね。それはそれはおめでとうございます」
「幸いまだ別居で済んでるよ」


主任と呼ばれた男は苦笑すると、取り出した煙草に火をつけた。
それを見た彼女はすぐさま煙草を取り上げると、


「ちょっとやめてくださいよ。大切な資料にヤニがつくじゃないですか。というか、ここ禁煙ですよ? また、局長に怒られても知りませんからね」


と言って胸元のポケットから取り出した携帯灰皿に取り上げた煙草を捨てた。


「いいじゃない一本くらい。それにその本だって、あとは返すだけだろう?」
「返すから問題なんじゃないですか。ケチつけられたら今後貸してくれなくなるんですから」
「人類の共有財産なんだからけちけちしなくても良いのにな」


男は皮肉げな笑みを浮かべ、先ほどの自身の行為には悪びれた様子も無い。


「で、どうしたんですか? なんだか嬉しそうでしたけど?」
「いやね、ちょっとしたイタズラが完成したんでね」
「イタズラ?」
「そうイタズラ。ま、そんなに大したことじゃない。あるものを検索したら、ちょっとしたウイルスに感染するだけさ」
「どんなやつです?」
「窓が開く」
「単なるブラクラじゃないですか」
ブラクラじゃないけどね。とにかく窓には注意しなよ?」
「もー、止めてくださいよ。局長に怒られるの嫌なんですから。アイツ息くさいし。とにかく、明日から公開なんですから今日中にそれ外しといて下さいよ」
「せっかく二時間もかけたのに?」
「二時間だろうが二年だろうがです! そのバグの報告が来たら残業代払いませんからね」
「はいはい、わかりましたよ。これじゃどっちが上司だか・・・・・・」
「私の科白です!」


それからさらにひとしきり彼女は男に小言を言っていたが、最後は男が耳元で囁いた言葉に機嫌を直して去っていった。
持ってきた書籍の束はそのままだった。
彼女が去ると、男は懲りずに煙草を取り出し紫煙をくゆらせる。


「ごめんね、実はウイルスじゃないんだ。それを検索した人間がいたら、あの方に知らせるだけなんだよ。だから、誰にもわからないし、それを知られることもない。こっちもそれでどうなるかは知らないしね」


男は一人ごとをつぶやくと、パソコンの電源を落とし何処へともなく立ち去った。
男の行方は誰も知らない。


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