高度に発達した占いは予言と区別がつかない

「占いと予言の違いは何だと思う?」


いつものように放課後、演劇部の部室に二人。
立花の会話の脈絡のなさもいつも通りだった。


「的中率じゃないか? 当たる前は占いで当たれば予言、託宣の類だ」
「で、googleってあるよな」
「あるな。まあ、良く使ってる」
「あれの検索結果はキャッシュの表示だって知ってたか」
「まあ、多少は。だから、キャッシュを盗られるまでの間の更新は検索結果に反映されないはずだ」
「じゃあ検索結果がどうやって判断されているかは知っているか?」
「いや、知らない」
「あれは独自の判断基準で重み付けされているらしい。基準自体は公開されていないがな」
「ふーん。で、何がどうした?」
「気持ち悪いと思わないか?」


立花が身を乗り出す。


「理屈も分からない、判断基準も知らないものに従ってるんだぞ」
「従ってるってのは言いすぎじゃないか。どうせ上からいくつか見ていくだけだろう? 少なくとも一つだけみて終わるわけじゃない」
「では、一番目と二番目には差がないというのか?」
「あまり無いようには思うが?」
「例えば陪審員で検索したとしようか。この結果の一番目は反対派のサイトで、二番目は賛成派だった。これに影響はないか?」
「あまり無いように思うが?」
「では、翌日検索したときには順序が逆だった場合は?」
「賛成派の方が優勢なのかな、くらいは思うかもしれんな」
「では、こうやって言語化しなかった場合の無意識下での影響はあるのか? それとも無いのか?」
「・・・・・・わからないな。いや、どちらかと言えばあるのだろう。だが、それがどうした。俺たちは車が何故走るのか、テレビが何故うつるのかも知りはしないだろう? ただ、便利な結果があれば問題ないじゃないか」
「ああ、そうかもしれない。ただ、俺は俺のこの思考があの並びに影響されているかもしれないってことが気に食わないんだよ。あれの中身が大事なものが俺にとって大事だって保障はどこにもないからな。占い師の言い分を全面肯定するのは性に合わん」
「じゃあ、今後はジーブスに聞け。googleも聞かなきゃ答えんだろ」


そこでこの話は仕舞になった。
文庫本に目を落としながら俺はふと考える。
もしgoogleがネットを掻きこむタイミングと全く同時に、更新があったらどうなるのだろう。箱の中の猫のようにそこで分岐が発生し、順位に変動があったりするのだろうか。その時占い師は自らの託宣を訂正したりするのだろうか。
まあいい、しばらくは便利に使うさ。
『この検索をした人はこんな検索もしています』とか言われない限りは。


inspired by
http://d.hatena.ne.jp/sinjowkazma/20090321/1237628119
http://www.md.tsukuba.ac.jp/tbsa/ABSTRACT/23-1.html