冷たい舟板の方程式(1)

俺たちは移植用の臓器を運ぶため、高度1万2千メートルをマッハを越えるスピードで飛んでいた。
乗っている人間は俺を含めて五人いた。急いで出発準備をしたため燃料はぎりぎりだったが、患者の命を救うためには補給などで寄り道などしている暇はなかった。
しかし、それでも何とかたどり着ける予定だった。
そう、たどり着けるはずだったのだ。


離陸してから5分後、予定よりも積載重量が多いことが判明した。
俺たちは機内をくまなく探し、一人の密航者を見つけ出した。
俺たちは今すぐ冷たい方程式を解かねばならなかった。
デッドラインは5分後。それ以上引き伸ばせば誰一人助かりはしない。
燃料が足りず俺たち海の藻屑と消えてしまうだろう


密航者は少女だった。
彼女は言った。殺さないで、こんなことになるとは思ってなかった等々。
誰もこんなことになるとは思っていなかった。
俺は淡々とこの飛行機が積んでいる荷物、飛んでいる目的、現状、タイムリミットについて繰り返し説明した。
5分間は待つには長く、納得するにはあまりにも短い。


移植は無事成功したが、達成感などは無かった。



冷たい方程式
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F%E3%82%82%E3%81%AE#.E5.9F.BA.E6.9C.AC.E8.A8.AD.E5.AE.9A


カルネアデスの板
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%A2%E3%83%87%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%9D%BF