冷たい舟板の方程式(2)

俺たちは移植用の臓器を運ぶため、高度1万2千メートルをマッハを越えるスピードで飛んでいた。
乗っている人間は俺を含めて五人いた。急いで出発準備をしたため、燃料はぎりぎりだったが、患者の命を救うためには補給などの寄り道などしている暇はなかった。
しかし、それでも何とかたどり着ける予定だった。
そう、たどり着けるはずだったのだ。


離陸してから5分後、予定よりも積載重量が多いことが判明した。
俺たちは機内をくまなく探し、一人の密航者を見つけ出した。
俺たちは今すぐ冷たい方程式を解かねばならなかった。
デッドラインは5分後。それ以上引き伸ばせば誰一人助かりはしない。
燃料が足りず俺たち海の藻屑と消えてしまうだろう


密航者は少女だった。
彼女は言った。殺さないで、こんなことになるとは思ってなかった等々。
俺は彼女に言った。
「どうしても嫌か?」
彼女は何度も頷いた。
「わかった。俺が代わりに降りよう。お前ら、後のことは頼んだぞ」
そして、俺は少女の代わりにコンテナのハッチへ向かった。


荷物もなにもないコンテナからぽっかりと空が見える。
恐ろしくて仕方が無いが、躊躇している暇はない。
見送りは少女だけだった。少女の顔は安堵と罪悪感がないまぜになっていた。
飛び降りるとき、ごめんなさい、という声が聞こえた気がした。


そんなに感謝される筋合いはないのに。
俺が居なくても飛行機は飛ぶ。ならば燃料ぎりぎりの飛行機に俺は何のために乗っていたのか。少し考えれば分かりそうなものなのにな。
まあ、感謝されるのは悪くない。
まっさかさまに落ちていく間、俺は少しだけ良い気分だった。