千年女優

千年女優をどう思う?」
「また、今さら何がどうした」


いつものように放課後、演劇部の部室に二人。
立花の会話の脈絡のなさもいつも通りだった。


「いや、久しぶりに見たから、感想書いてるサイトを一巡りしたんだが思うような感想にぶつからなくてな。欲求不満を吐き出しておこうかと」
「俺はゴミ箱か」
「しかし、最後の台詞で賛否が凄まじい事になってるな」
「無視か。しかし。エンターテイメントなのだから客が理解できなかった時点で負けだろう?」
「ああ、それは否定しない。ただ、惜しいとか説明不足とか言われると腹が立つんだよ。あれ以上どんなシークエンスを入れろというんだ。あれでもまだ多いかもしれないというのに」
「まぁ、そういう人間は少数派なんだろ。確かに映画通かミステリ読みでもなければ説明不足に感じるかもしれんな。個人的にはあの作画と平沢音楽があればこれ以上の幸せは無いんだが」


「ちなみに聞くがテーマはなんだと考える?」
「輪廻だろ。主題歌がロタティオンだしな」
「そうなんだよ。平沢ファンからしてみればあの主題歌の曲名が『ロタティオン(Lotus-2)』の時点でテーマが丸わかりのはずなんだよ。師匠は曲名に2をつけるのは珍しくないけど、アレンジではない別曲でかつ2がついてるのはこれだけなんだから」
「つまり、主題歌すらも輪廻転生してると」
「でなけりゃ、会社名でLotusを出す意味がわからん」
「単なる遊びでは?」
「遊びなら花言葉とかには触れずに流すだろ。押井守が常々言ってるが、アニメーションは描かないと写らないんだから。」


「確かに。では、何ゆえLotusを出す?」
花言葉も重要な隠喩を含んではいると思うが、穿った見方をすればあれも輪廻転生を補強するモチーフなんじゃないか。監督がラッシュ時に『ロータス』を付けて師匠に見せたのは結構有名な話しだし」
「で、捻くれ者の師匠はそれを受けてLotus-2を新たに作ったと。良くできた話だが、結局最後の台詞はわからないんじゃないか?」
「確かに輪廻だけじゃ最期の台詞に説明がつかない。だったらもう一段進めて考えたらどうだろう。俺はあの映画は人生の肯定がテーマなんじゃないかと思う」
「ほう。理由は?」


「まあまて。その前に問うが千代子の人生は幸せだったと思うか?」
「大女優として記憶されるくらいだから幸せなんじゃないか?」
「果たしてそうか? 戦争があって望まぬ結婚をして、とうとう想い人には会えなくてもか? それに、千代子の言葉を借りるなら『映画なんて本当はどうでもよかった』んだ」
「そういう風に言われると自信が無くなるな。だが、千代子の最後の言葉は自己肯定に満ちているぞ。自己愛と誤解されるほどに」
「確かにな。ただ、そんなに自己愛が強い人間が外界との接触を絶って生活ができるだろうか。俺はそうは思わない」


「なら何故そんな不幸な人生を千代子は肯定するんだ?」
「その鍵はまさしく鍵にあるのだろうな。物語の端緒となる取材は、あの鍵がなければ生まれなかった。そして、鍵が見つかったからこそ千代子は人生を肯定するに足るんだよ」
「よくわからんな。説明しろ」
「あの鍵は単なる絵の具箱の鍵だ。千代子もそれは知っている。しかし、千代子は解答を明日へ先延ばしした。その瞬間から鍵は約束の象徴になる。そして、明日というのは14日の月が象徴するように希望だ。ここまではいいか?」
「続けて」
「で、それを持ってきたのは過去の栄光を象徴する立花という男だ。取材を通じて思い出すのは基本的には楽しいことばかり。なぜなら立花は千代子の日の当たる部分しか知らないからだ。千代子も苦労についてはあまり語ることをしない。おそらくここらへんが感情移入しにくい部分なんだろうな」
「物語の抑圧部分が無いってことだな」


「まあ、それは置いておこうか。さて、ここで最後の台詞に戻ろう。問題は千代子は劇中の最初からどうでもいいと達観できていたのかどうかだ。俺は鍵を再び得て初めて達観できたのだと考える。それは、千代子にとって鍵の君を追いかける資格と同一だろうから。それを手にしたから、あの台詞が出てくる境地に達せたのではないかと思うんだ。いろいろあったけれど、私はまだ彼を追いかけられるんだから、ってね」
「なるほど。確かにシークエンスは過不足ないな。しかし、そんな全ての場面を解釈しながら映画を見ている人間が何人いると思ってるんだ。それに、全ての観客が好意的に解釈してくれる訳ではないだろう」
「それは理解してる。ただ、作り手の一人としてはあれ程完成度の高い作品ですら説明不足と判断されるのはきついなあ、という忸怩たる思いがあるわけで……」
「ああ、俺たちの芝居の感想文は意味不明、独りよがりのオンパレードだからな」
「俺たちも自分の作品を肯定できる日がくるのかな?」
「そりゃ最期を迎えにゃはわかるまいよ」
「だな。しかし、もし男女が逆で千年男優だったら激しく詰まらんかったろうなあ」


最悪の締めだな、おい


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