バベルの

太陽電池ってあるよな?」


いつものように立花の質問は突然だった。
放課後、演劇部の部室に男が二人。
いつもの様に本を読んでいた俺は、あるな、とだけ答えた。


「ゲームとかでさ、魔力を貯める装置とかってあるよな」


俺の返事を聞いているのかいないのか。
聞いていようがいまいが死ねばいいのに。
立花はポケットから黒い物体を取り出し弄びながら続けた。


「俺、子どもの頃太陽電池ってあんな感じなんだと思っててショックで爆発したりするんじゃないかと思ってたよ」
「自分が子どもではないと信じるのは子どもの発想だぞ」
「人の発言の揚足をとっていい気になるのも子どもの特性だと思うが?」
「自分の想像力の無さを披露しておいて、よく得意気になれるな。恥ずかしいとは思わないのか? ああ、あれだな。乾電池で感電したショックで羞恥心が消えうせたんだな」
「お前乾電池を舐めてるな。乾電池は感電するぞ」
「嘘をつけ。あんな微弱な電圧で感電するか」
「二百も繋げば十分感電するが?」


舐めていた。俺は馬鹿の行動力を舐めていた。


「確かに不思議ではあるがそれがどうした?」
「で、そういうゲームの道具とかってよく暴発したりするだろ? この太陽電池もどうにかしたら暴走したりしないのかなって」
「俺たちの手に届くのは安定性が高いものだからな。初期の太陽電池は暴走したかもしれんな。おそらくゲームの中の道具は技術力が足りてないのだろう。試作品なのだろうよ、きっと。大概扱いに困るくらいデカイしな」
「なるほど。未確立の技術ってことか。だとしたら技術職の人間の執念てのは凄いな。太陽エネルギーすら封じ込めるんだから。しかも、このサイズに」
「微妙に認識が誤っている気はするが、概ね賛同はできる。技術者の執念がエネルギーを圧縮するというイメージは燃えるな」


そう考えれば俺たちの日常は執念の結晶に囲まれているといっても良い。
有史以来の様々な情熱と執念が俺たちの今の生活を形作っている。


「じゃあ、これは執念がエネルギーを発しているのか?」


そういって立花が指し示したのは部室に置いてある脚本だった。


「さて、それはどうだろうな。結局そういう類の創作物は鑑賞者が居なければただ紙だったりするからな。感動するかどうかは人にもよるだろうし」
「つまり、特定の人間には反応するということだろう?」


作品は鑑賞者を得て初めて再生される。作品にエネルギーと呼べるものがあるとするならば、それは鑑賞者を媒体に発生するなにかだろう。


「そうとも言えるかも知れんな。絵から始まって、作品の媒体は驚くほど変化した。省スペース化も進んだ。だが、残念なことに再生機器である俺たちの技術革新ができていない。圧縮された物語や絵画からでは何も得ることができないからな」
「こいつに新しい演劇のヒントがあるかと思ったんだがなぁ……」


立花は悔しそうに黒く光る太陽電池を見つめた。
ただ、俺には何か予感があった。


「さっき俺たち側の技術革新ができてないと言ったが、言葉だけは違うかもしれない」


ただの思いつきに過ぎないが。


「昔と現在で驚くほど違う媒体に言葉がある。おそらく現代の作品を昔の言葉で書けば同じ量の文字数ではすまないだろう。略語とかそういうことではなくって」


太陽電池が技術者の試行錯誤で小型化するように、言語も使用者の試行錯誤によって小型化しないとは限らない。それに、日本語に限ったところで太陽電池の研究者の数よりは遥かに多いはずだ。そしてそれが千と数百年。


「言葉は毎日コーディングと細かいバージョンが変わっているプログラムのようなものだ。もう大本のソースは誰にも読めない。さらに二千年も経てば文章も画像として処理されてるかもしれないな」
カラマーゾフはこの単語の並びが美しいゆえに傑作か」
「そいういう可能性もある。もう単にエネルギーのようなものが定量化されているかもしれないな。お前がさっき言ってた作品自体が内包するエネルギー。そんなものが可視化されるようになるかもしれない。そうなれば小説と絵画すら同じ土俵に立つ訳だが」
「評価が先にあって、その内容は全て後付か」
「ああ、だからとりあえずは執念込めて作品を作ればいいんじゃないか?」
「そんな先の評価なんか知るか。俺は今この瞬間に評価されたいんだよ」
「まぁ、それでも本当に評価されるべきものは今と変わらず残ってるだろうな」
「そんな良くわからんエネルギーが基準でもか?」
「ああ。先行作品が全ての基準だからな。モナリザを外す様な基準は採用されないだろうさ」


神様が基準を乱さない限りにおいては。