おのこし

毎日盛大に持ち投げを敢行し、机の周りを絨毯爆撃する子供。
あまり考えないようにはしているけれど、それでも自然ともったいないという感情は湧いてくる。
残させないこともできるのだが、強制して食べなくなっていけないので二の足を踏む。
そんな私の逡巡を知ってか知らずか、子供は今日もみかんをぶんぶんと振り回していた。
服、漂白しなきゃな、と真っ白な顔で思った。


さて、綺麗に食べるとはどういうことだろう。
ごはん粒ひとつ残さず食べきるということだろうか。
では、アイスのふたの裏を舐めるのは綺麗に食べるに該当するのだろうか。
その違いを子供に問われたらどう答えれば良いだろう?


子供にはこう答えるつもりでいる。
「本当に違いがわからないの?」と。


物質的な違いはない。どちらも綺麗に食べるだ。
ただ、結局は美意識の問題に帰結するのだと思う。
礼節なんてそんなものだ。守った方が敬意が伝わりやすい、という風習の一つだ。
風習なのだから明文化されてはないし、受け取り手と状況に酷く左右される。
極端に言ってしまえば、独りで食べてるなら舐めてもいんじゃない、だ。
だから、親が身を持って体現していくしかあまり伝えようがないようにも思う。


そんなことを、ハーゲンダッツ(抹茶)の蓋を見ながら考えた。
子供が起きてたので泣く泣く捨てた。
せめて、セレブ気分を満喫したいと思う。