チェンジリング

この週末は嫁が3ヶ月になる娘をつれて実家に帰っていた。
久々に広いベッドでぐっすりと寝られて大変気分が良かった。
ネットもやりたい放題だし、カップラーメンなんかも食べられる。
まあ、たまにだから良いのだけれど。
案の定、日曜日には少し寂しくなってしまって、珍しく散歩に出たりした。
うちは結構山にも海にも近くて、景色と空気はとても良い。
ただ惜しむらくは閑静というよりも、うっそうという形容が似合う。
自然が近いと災害が多いのは常のことで、無縁仏やお社があちこちにあったりする。
夜道は一人では歩きたくないところだが、日はまだ高く、物陰から猪が出てくる気配も無い。
そういえばお宮参りにいってなかったよな、と思い出し、遅まきながら近くの神社に参拝することにした。
朱色と灰色のストライプになった鳥居をくぐり、賽銭箱に小銭を投げ入れ、柏手二つ。
健康と家内安全を念入りにしておいた。
もちろん挨拶が遅れたことも忘れずに。
そいういえば、うちの妹が家内安全のこと安産祈願と勘違いしてたな。
嫁さんが安全になるから安産なんだと思っていたいたらしい。
そりゃ家内っていうけども。
そういえば、最近あいつ妊娠したとか言ってたな。
家内安全のお守りでも買っていってやろう。
そう思って裏まで回って社務所を探したがどこにも無い。
小さな神社だからないのだろうか。しかし、絵馬がかかっている場所はある。
一瞬強い浜風が吹く。吊られてあった絵馬がくるくる回り、からから鳴った。
風が止んだところで再び探し始めた。
おかしいな、と一周したところで何故か入ってきた鳥居の近くに在るのを見つけた。
こんな小さな神社で見逃すはずはないのに。
しかし、実際そこにあるのだ。きつねにつままれたような気持ちで小さい社務所へ向かう。
化かされているのではとも思ったが、中にはちゃんと人がいた。
意思疎通しかねるおばあちゃんだったので、もしかしたらばかされてたのかもしれないが。
お守りを買い、散歩を終えて家に帰ると、ちょうど嫁が帰ってきたところだった。
嫁は荷物の積み下ろしをしながら、実家のお義母さんがどうだっただの、お土産にみかんを貰っただの、子どもが車でうんちをしただの、あったことを片端から喋っていた。
元気だな、お前。
だた、その中で子どもが喋ったという話が出た。
おいおい、まだ3ヶ月だぞ。そんなわけあるか。
しかし、嫁は本当だと譲らない。なんなら話しかけてみろ、と。
半信半疑で車の中を覗くと、長旅で疲れた子どもはチャイルドシートでぐっすりと寝ていた。
起こすのも可哀想だ、と諦めたその時。娘はぱちりと目を開いた。
おもわず、おはよう、と声を掛けた。
しかし、娘は「はじめまして」と答えたのだった。
いやいやいや。喋るのはすごいけど間違えてるぞ。
とは、驚きのあまり言えなかった。
慌てて嫁のところに報告しに向かう。
しかし、嫁はどこを探しても居なかった。荷物は玄関先に散乱したままで、どこかへ消えてしまった。
車の中ではきゃっきゃと耳障りな声をあげ娘が笑っている。
私は知らず知らずのうちに、右のポケットの安産祈願のお守りを握り締めていた。