自分探し

検索サイトに自分の名前を入れてはいけない。呪われてしまう。
今日の飲み会でふとした拍子にそんな話が出た。
もちろんすぐさま有名人はどうすんだ、とつっこみが入った。みな適度に酔っているので頭の回転は遅いが、力の加減ができてない。殴ったと言っても差し支えないそのつっこみで、そいつは料理に頭からつっこんでいた。
しかし、そいつはめげもせずようよう起き上がってはむにゃむにゃとわめいていた。よく聞くとなにやら条件があるらしい。
曰く、検索結果がある分には問題ないのだと。検索結果が零件だったら絶対に戻るを押して引き返せとそいつは言った。その時点ならまだ間に合うからと。
パスタを頭にのっけたままのそいつは無駄に真剣だった。
他のみなは既に興味が別に移ったらしく、パスタを鼻からすすって噎せてはげらげらと馬鹿笑いをしていた。至極まっとうな日常だ。
ただ、私はそいつの無駄な真剣さが気になった。ビールを伴ってそいつの隣に移動するとコップにビールを注ぎながら話を促した。
「これは研究室の先輩から聞いた話なんだ」
顔は真っ赤だが口調は嫌に静かだった。
「その先輩は苗字がすごい珍しい人でさ。自分と同じ苗字の人間を親類以外に見たことないって言うわけ。人名事典にも載ってないって。確かに珍しい苗字だったよ。少なくとも俺は聞いたことがない」
相槌のかわりに私はそいつの空のコップにビールを注いでやった。おっとっと、溢れる溢れる。
「で、誰が言ったか覚えてないけどそれじゃネットで調べてみようって話になった。もしかしたら俺達が知らないだけで、案外メジャーな苗字かもしれないって。先輩に今まで調べたことあるかって尋ねたら、ないって答えだったから、じゃあやってみようぜって早速調べたんだ」
しゃべってのどが渇いたのか、そいつはビールを一息に空けた。私は黙ってとくとくと注いだ。
「フルネームで入力したら見事に零件だった。ありえないとか、偽名じゃないかとかそん時は結構盛り上がったんだ。流れで俺やゼミの人間の名前を入れたらもちろん零件じゃなかった。零件だったのはその先輩だけだったんだ」
そこまで言うとそれっきりそいつは黙ってしまった。私が先を促しても、先輩の名前を聞いても、呪いの話を問い詰めてもそいつはそれ以上全然話してはくれなかった。腹が立ったので私はそいつのビールに唐揚げを詰めておいてやった。


そして、今自宅でPCの前に座っている。飲み会での真偽を確かめる為だ。
何かあればきっとネットにも上がっているだろう。早速大学名及び研究室の名前で検索をかける。
・・・・・・ない。
どうやら、かつがれたらしい。そうそう呪いなどあるはずもないのだ。
ふと思いついて、戯れにあいつの名前を検索サイトに打ち込んだ。
検索結果は零件だった。
打ち間違えたかと思って再入力し、再度検索をかける。
すると、一件だけ表示された。
アドレスを見るとどうやらブログのようだ。とりあえず開いてみると、そこにはあいつの経歴がこと細かく書いてあった。個人情報どころの騒ぎではない。あきらかに本人しか知りえないような情報まである。よく見るとサイトの最新の更新日付は今日になっていた。
内容はシンプルに本日から引越しとだけ書いてあった。


あの飲み会の日以来、あいつには会っていない。
聞いた話によると、突然失踪したらしい。妙な苗字の先輩も存在しなかった。半年経った今も手がかりは何もないそうだ。
ただ、私だけはあのサイトが毎日更新されていることを知っている。それを誰にも教えなかった理由は自分でもよく分かっていない。おそらく信じてもらえないと思ったのだろう。なぜならあいつの名前で検索をかけてもあのサイトはヒットしないからだ。
あいつの名前は存在しないことになっているらしい。