一粒で二度おいしい

子どもがイチゴを食べていると、目がないという慣用句の意味がよくわかる。
頬張った瞬間、目がなくなるほど細くなり、果汁を一滴も逃すものかと口をすぼめる。
見ているだけで幸せの御裾分けが貰える様な至福の表情である。


食べたらすぐ次を欲しがる。きっと世界のイチゴは自分のものだと信じて疑わないのだろう。このときの頂戴のベビーサインは視認も困難なほど迅速かつ明確である。
現金な人だ。


子どものこの表情を見たいがために、下痢を省みずイチゴを食べさせてしまいそうになるので、私も自重しないといけない。
でも、そんなに日持ちがしないし、傷むのも勿体ないから私が食べてあげよう。もぐもぐ。


私が頬張った瞬間、目が飛び出るほど大きく見開かれ、驚きの大きさを示すように弛緩した口が開かれていく。その口がいくら大気を吸っても、イチゴは自らの口腔を満たしてはくれず、吐き出されるのは声にならない悲鳴だけであった。


食べても食べなくても楽しいイチゴ。一粒で二度美味しい(まさに外道
きっと将来、へただけ食べさせられそうな気がするなあ(自業自得)