子育て貯金

友人のところは再婚で、継子と実子がいる。
時折ブログで近況を確認するのだが、最近は子育てで悩んでいる様子。
旦那は友人が悪い、と責めるらしいが、友人自身は間違ったことを言っていないと主張している。確かに嘘を吐いた子供を叱るのは悪いことではないし、親と友人は違うものだ。
当たり前のことだけれど、やはり継子は扱い辛いようだ。


もちろん私はそんな環境になったこともないし、子育ても一人目でとても偉そうなことは言えるはずがない。
だが、なんとなく友人の言い分にはしこりが残るのは何故だろう。
正しい子育てってなんだろうか。親子ってなんだろうか。


自分が育てていて思うのは、今があるから将来も育てられるのだろう、ということだ。
今はとにかく可愛くて仕方がないし、子供も無条件で甘えてくれる。
俗に言う基本的信頼感をこれでもかと育んでいる最中だ。全然意識はしていないけれど。
きっとこれがあるから子供も私の言うことを受け入れるのだろうし、私も子供のわがままを受け入れられるのだろう。
夢の利息生活だな。
子供と共に親も育つというのはそういうことなのだ。家族というのはそういった1対1の特別な関係が組み合わさったものだと思う。


その信頼関係がなければ、まずは友人から始めるしかないのかもしれない。さもなくば先生か。
どちらを継子が望むかは明白だ。
本当は親になって欲しいと切実に願っていたとしても、きっと言葉では表現できない。
だって恋愛とは違う。振られてしまったら次は無いのだ。立ち直れるはずがない。


言葉に意味がない時期でなければ信頼関係が築けないというのはなかなかに意味深長だ。
これを裏切ったら、言葉なんかであがなえるはずがない。そして、癒えない傷はもちろん血を流し続ける。
親子を続けるのは簡単だ。親子になるのは難しい。
だから、相方のおならくらいは寛大な心で許したいと思う。1日1回ならば。