僕が望む君

僕と君が出会ったのは学部の新入生歓迎会だった。
居酒屋の座敷ではす向かいに座った君は、僕と目が合うとぺこりとお辞儀をした。
その小首をかしげる仕草。春の日差しのような微笑。
育ちの良さが伺える挙措と、しっかりとした礼儀。
これ以上ないほどの一目ぼれだった。


それからの僕は自分でも褒めてやりたいくらいにがんばった。
高校時代の友人が気付かないほど身だしなみには気をつかったし、彼女と出会える機会はすべて利用した。もちろんサークルも同じところに入った。
彼女の友人からはできる限りの情報を集め、学部の男友だちにはことあるごとに釘を刺した。
彼女が困っていればそれとなく手助けし、彼女がふさいでいれば親身になって話を聞いた。もちろん彼女の頼みならなんでもきいた。たとえそれがちょっとくらい危ないことだろうと。


そんなこんなで二ヶ月かけて僕達の距離は詰まっていった。
今では周囲の公認の仲だ。
今日だって二人で遊園地に遊びに来ている。
ひとしきり絶叫系の遊具で遊んだところで僕達はベンチに座った。
初夏らしく空は高く、日差しは強い。
いつもよりちょっと薄着の彼女にどぎまぎしてしまうくらいだ。
ベンチに座った彼女はいつものように僕に
「のどが渇いたから飲み物買っておいでよ」
と言った。
僕はいつものようにすぐさまベンチから立ち上がると、ちょっと遠くにある自動販売機コーナーまで走っていった。
彼女が好きな100%のオレンジジュースはあるかな、と探していると後ろで大きな声がする。
振り向くと首のないネズミの着ぐるみが叫んでいた。居るはずのない中の人が丸見えだった。
中の人たる彼はあらん限りの声で、
「やってられるか!」「俺の夢はこんなんじゃねぇ!」
などと叫んでいた。
しばらくするとどこからか大勢の人間が集まってきて、彼を連れて行ってしまった。
どうやら大して人目には触れていなかったらしく、この騒ぎに対するアナウンスも無いままだった。
そして、何事もなかったかのようにあたりはまた喧騒に包まれた。
ただ、立ち尽くしたままの僕の右手は冷たいオレンジジュースを握りしめていた。
握ったままの僕の手は、どんどんどんどん冷やされていく。
逆に、火照ったままの僕の頭は、さっきの情景がもたらした爛れた考えを繰り返し繰り返し反芻していた。


僕は我に返ると、右手に握っていたジュースのプルタブを引き一気に飲み干した。
そして、そのまま遊園地を去った。僕の彼女を探しに行くために。



inspired by 『パシリ考』2009-05-11

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