まとわりつく闇の濃さ

とにかくどこへ行っても明るいわけで。
結構な田舎に住んでいるわけですが、それでも自分の手すら見えない暗闇には出会ったことがない。
墨を流したようなと表現されるほど、暗く湿った感じは生まれてこの方体験したことが無い。
もしかして、これは結構危ないことなんじゃないだろうか。


例えば、子どもは初めから普通の味付けのものを食べるわけじゃない。
離乳食で舌を慣らし、消化できることを確かめてから、だんだんと食べられるものを増やしてゆく。
濃いものをいきなり食べたら、きっと体が受け付けないだろう。
それと、同じことが起きるのじゃないだろうか。
私たちは薄い闇しか体験したことが無い。
濃い闇を、それこそ墨を流すように、飲みこんでしまったら、私たちの体は受け付けられるのだろうか。


夜、突然咳き込み、びちゃり、という音ではっきりと目を覚ます。
思わず手をやった口元はよだれで濡れ、えづきが呼吸を荒くする。
周りは闇。何も見えない。
はっとして、隣で寝ている我が子に顔を向けると、しかし、すうすうという寝息が聞こえる。
ほっ、という安堵は、しかし長くは続かなかった。
見えないはずの闇。だが、その中にさらに黒い影。
じっと目を凝らして確かめようとするうちに、その影は闇に溶けていってしまった。
残ったのはすうすうと言う寝息と、収まらない自分の動悸。
影のあった場所に、何かを確かめるように伸ばした右手には、思ったよりも冷たい皮膚が触れた。